先日、「小賢しい知」について書きました。
- 2023年10月12日 「小賢しい知」を乗り越える 如来 の仕組み
ある科学者は地球の科学者について、次のように述べています。
我々は君の国の多くの一流科学者の精神を調べてみたんだ。大抵の場合、我々は科学者たちの精神が既成概念という鋳型で固められていることを知った。彼らは遠くまで進みすぎている。その結果遠い道のりを後もどりしなければならない。私の言う意味を比喩によってもっと優しく言ってみよう。科学知識を求める人間は木に登るアリのようなものだ。自分では上方へ動いていることがわかっていても、その視野は狭すぎて幹全体を見通せない。そのために幹を離れていることに気づかないで下方の枝の方へ移動するかもしれない。いっときは万事がうまゆく。自分ではまだ上方へ登れるし、進歩という果実を少し摘み取ることもできる。だがその枝が急に無数の小枝に分かれていろいろな方向に葉が散らばっているために本人はまごつき始める。
基本的法則は今や分かれ始めて反対の方向に散らばり始めていることに気づく。すると科学者は心によって受け入れられる 知識の限界 に近づいていることや、あらゆる物理的な法則は究極的には全く統計的なものになるという結論に達する。
略
たとえば地球の科学者は電子が粒子で、波動性の二重性をもつものと定義せざるを得ない状態にある。彼らは電子は確率波をもつ粒子だということによってこれを正当化させようとしている。これは心で描くことのできない状態であって、そのために進歩の唯一の方法として抽象的な数学に頼らねばならなくなる。
正しく眺めれば、基本的な真理は常に簡単で理解が容易なのだ。
だから幹の上から眺めれば、枝は”枝″として簡単な、理解の容易なものになる。てっとりばやく言うと、君らの科学が進歩し続けるために必要なのは、君たがとまっている枝から枝との分岐点まで降りて、ふたたび登り始めることだ。
君たちの科学は一本の低い枝を知識という全体の樹木に変えていて、そのために科学がひどく複雑になっているんだ。そこでこの科学が実用面で応用されると、できあがった装置は手が出ないほどに複雑になるんだ。
君たちにとって最も必要なのは、自然の基本法則または事実がまったくかんたんだということを発見することだ。
地球の科学者を例えて、木を登るアリのようだと言います。アリは木のどの位置に居るかわかりません。科学はひどく複雑で、心で受け入れられる 知識の限界 に達しています。進歩に必要なのは、枝から分岐点まで降りて、ふたたび登り始めることだと言います。
管理人は、これまで分岐点が何処にあるのかを求めてきました。ア)心の仕組みと働きについては、岡潔やヲシテ文献にまで遡ることによって基礎を得たと実感しました。イ)自然科学の問題点についても深く考え、複数の問題があることを指摘してきました。そうして、知の限界がわかってきました。
前回の記事において、発見の方法は幾つかあると書きました。その追記において、ヒトに心(わかるという働き)は2つあるとしました。 続きを読む
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