研究を開始してすぐから、弧(Arc)が本当は弧(Ark)であると気付いていました。 G・アダムスキーのコンタクトと聖書の物語の間に深い関係があるだろうということです。 私は、G・アダムスキーが異星人とのコンタクトを必要以上に聖書と絡めて話すと感じ、彼が何かの意図をもって関連づけようとしているのではないかと訝しく思っていました。
今年前半、ファラデーの単極誘導モーターについての実験を一通り終えた後、私は理論でも実験でもない何かが胸につかえるのを感じていました。 G・アダムスキーの残した紡錘図形と足跡の解釈、つまり「弧理論の考え方」は、聖書との関係のみならず、日本との間にも何かあるのではないかということです。 そこで、日本の古史古伝、あるいは大本、日月神示などとも何らかの関係があるのではと調べ始めました。
先日、これまで分かったことの点と点を線でつなぐことができ、まとまった筋書きとなりましたのでここに記します。いろいろ荒い点はありますけれど、一応の納得はできるものです。 以下は、管理人であるΦ(nsw495kpr8)による見解であることをご理解ください。
地球の人口は急激に増加しています。いつかの近い時点で破滅的な出来事が起きるだろうことは必至です。それ以前に、第3次世界大戦を起こしたい連中も存在します。 そんな中、G・アダムスキーの伝えた宇宙哲学(因とマインド:テレパシー)は、次代の望みとなるものであることは間違いありません。しかしながら、いつも引用するある科学者は、「物質科学、精神科学、社会科学」の3つの科学が等しく発達せねば、やがて進歩は止まり、破滅すると述べています。
3つの科学の候補は、
1.精神科学 : G・アダムスキーの伝えた宇宙哲学
2.物質科学 : 異星人が持つ科学=弧理論の考え方から私たち自ら学ぶべき物質科学
3.社会科学 : これが不明
でした。 このうち3.が問題です。 私は、これの候補が日本にあるとの直観を持ちました。
調べていく内に、「日本的なるもの」として「日本教」があることを知りました。 その源流を辿ると大和時代(飛鳥時代)に行き着いたのですが、この時代に蘇我氏による焚書事件があったようです。この事件はおよそ日本人らしくないことです。ですから、その源流はもっと古いはずです。
更に調べると漢字伝来以前の日本には「日本固有の文字」が存在したことがはっきりしました。 で、ヲシテ文献に辿り着きました。(どうも、竹内文書は、不明瞭に過ぎます。)
上記、3つの科学を満たすべく調べた情報を列記します。
(1) 縄文時代に素晴らしい文明が存在したといいます。古史古伝たるヲシテ文献の研究者である池田満氏によれば
.
VIDEO
動画1 【ヲシテ文献】 漢字渡来以前の日本を探る【ch桜】6-5
の2:50あたりからの、縄文哲学における魂 について 語っています。
魂 (タマ+シヰ) タマ=大宇宙の中心にある宇宙の根源から来る”心の主体”
シヰ=”欲しい、欲しい”の“シヰ”であって、強いるの”シヰ”、つまり、生命維持の欲求
魂(タマシヰ)に地球の物質が集まって人体になる 。命が終わると「タマ」は大宇宙の中心に帰って行き、「シヰ」は地球に残る。
(2) G・アダムスキーによる宇宙哲学(テレパシー)について、GWSのハリー山科氏は
.
VIDEO
動画2 皆神山の謎 第四部 一厘の仕組 第二章 テレパシー
G・アダムスキーによる宇宙哲学について語っています。 人間とは何か?(7:50あたりから)
宇宙の意識(因)から「肉体の心=センスマインド(5つの感覚器官の心)」 と 「意識=ソウルマインド=(触覚:feel)」ができる。 意識=ソウルマインド
補足:喜怒哀楽は感覚器官から来るものです。私が私であるという意識(触覚:feel)がソウルマインドです。 また、感覚器官=視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚(touch) からくる心がセンスマインドです。
池田満氏の縄文哲学における魂(タマシヰ)とG・アダムスキーによる宇宙哲学での宇宙の意識(因)による2つのマインドは、ほぼ等しいと認められます。
タマ が 宇宙の(因)からくるソウルマインド(意識)
シヰ が センスマインド(感覚器官の心) に対応します。
宇宙哲学を池田満氏の言葉に置き換えるならば、「宇宙の意識(因)からくるソウルマインドとセンスマインドが結びつくことで魂(タマシヰ)となる。これに地球の物質が集まって人体になる」というのです。
G・アダムスキーは、何も新しいことを伝えたのではなくて、古の日本に伝わる哲学を述べたのでした。
(3) 続いて、縄文哲学とはどのようなものか調べていたところ、同じくハリー山科氏は、かねてから気になっていた日月神示について、述べています。
.
VIDEO
動画3 第三回「宇宙哲学」勉強会 「縄文文明と宇宙哲学」
55:00あたりから、日月神示に出てくる、
図1
の左、「ス」の神様について、次のように述べています。
「ス」の音は、根本である。これが根源神である。 略すと図1右のようになる。
丸の中に点がある。 丸のことを”とくさのかんだから”(十種神宝)と呼ぶ。 丸が結果であり、真ん中の点が原因である。
現在は、丸の中に点がない状態である。 点を入れることが一厘の仕組みである。 この100年間、このことを知らせる運動が行われてきた。アダムスキーのコンタクトもこの一環である。
上記、(1)の池田満氏による魂(タマシヰ)も(2)ハリー山科氏による宇宙哲学(宇宙の意識【因】)も、そして(3)日月神示にある「ス」の原因(点)と結果(丸)のいずれもが非常に似通っていることに気付きます。 むしろ、同じものであると認識した方がすっきりします。
(4) これまで、弧理論の考え方によるE-M軸平面について、さんざん書いてきましたが、再度記します。
ある科学者によれば、「物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない 」と述べました。 つまり、
図2
E軸上の実体は、真のエネルギーE2を持ち、M軸に投影されることによって位置 を伴う質量mを持つ物体となります。物体が持つ質量mは、実体の真のエネルギー値E2に等しい訳です。
ある観測者に対して物体が運動するとき
図3
実体が持つ真のエネルギー値がE’となり、減少分をΔとするとΔE=E2-E’です。このΔEが物体の運動P となります。 図2と図3で実体は、我々の存在するM軸に直交するため、観測者からは位置を特定できません。 ただし、
図4
xy平面上で物体が回転運動するときのみ回転軸であるZ軸方向にE軸が重なることが分かっています。
ここで、E軸上の実体に視点を置いたときに、M軸上の物体は
図5
のように、円弧に描かれます。つまり、M軸上の我々からは、実体は宇宙のあらゆる場所(位置)にでも存在すると考えて差し支えないのです。
弧理論においては、実体は円弧の中心にはありませんけれど、図1の右図と比較すれば非常に似通っていることに気付きます。
我々には不可視なE軸上の実体が(原因)で、M軸上にある物体が(結果)であるということです。
(5) 数学者岡潔によれば、「自然科学は間違っている」、その原因が「時間」にあるといいます。 これまでの考察によれば、西洋文明の根幹である自然科学は、時間が問題で「近似」であると思われます。極微細な素粒子の世界や宇宙の大規模構造にかかる領域においては、次元に時間[T]を含むエネルギーでは、正しく現象を捉えられないのです。よく知られていますように、いずれの領域も光の速さで素粒子も天体も運動しています。このとき自然科学で定義されるエネルギー[ML^2T^(-2)]では誤差が無限大になるようです。
どうも、100年あまり自然科学者は、時間の問題を放置してきました。何故なら、時間こそがお金:通貨を人々から掠め取るカギだからです。(注:時間でサイト内検索ください。)
ここまでのまとめ。
(1)池田満氏の縄文哲学に於けるタマシヰ(魂)と
(2)宇宙哲学によ宇宙の意識(因)とマインドは、同じものです。
(3)日月神示による「ス」のミタマ、点(原因)と丸(結果)は、
(4)G・アダムスキーが残した紡錘図形の解釈(弧理論の考え方)によるE-M軸平面でのE軸上の実体(原因)とM軸に投影された物体(結果)は、同じものです。
(5)自然科学は時間が問題で宇宙を正しく記述できない。恐らく近似です。
(6) G・アダムスキーが残した紡錘図形と足跡は、弧理論の考え方からすれば、宇宙の大きさは無辺で無始無終であって「宇宙は在る」 といえます。
これは、
図6
旧約聖書のモーセが会ったという神「在りて在りたる者」と同じです。紡錘図形と足跡がG・アダムスキーの主張どおりであるならば、モーセが会ったというのは神ではなくて異星人であったということになります。(この人物が自ら神と名乗ったかどうか存じません。)
(7) 私は、紡錘図形と足跡を研究対象としてきました。紡錘図形の解析の結果、弧電磁気論(現弧理論)を展開しています。 これは、純然たる物理現象としての解析です。解析の結果を超効率インバーター「デゴイチ」に見られる第3起電力(正の起電力)仮説を説明できるように組み立てたのが「弧電磁気論から見た第3起電力のエネルギー源についての考察 」でした。
現在でも弧理論をファラデーの単極誘導に適用することで、知見を得るべく研究を続けています。 自然科学では、説明ができないけれど、弧理論の考え方では、概ね理解できるという実験結果を得られればと思います。
以上、(1)から(7)において、幾つかの仮説が概ね満たされるならば、次のことが言えると思います。
実験の結果、既存の物理学で説明できないが、弧理論の考え方では理解できる。
弧理論の考え方が正しいならば、紡錘図形と足跡は事実である。
紡錘図形と足跡が事実ならば、G・アダムスキーとダニエル・フライの主張は事実である。
紡錘図形と足跡が事実ならば、モーセが会ったという「神」は異星人であったと考えられる。
モーセが会ったのが異星人であるならば、「神との契約」はリセットされる。
従って、ユダヤ教、キリスト教(パウロ教?)、イスラム教は無効となる。
西洋文明の根幹である宗教並びに自然科学はリセットされる。
政治・経済・金融・主義主張のほとんどはリセットされる。
ark of the covenant と noah’s ark は不思議な力を持つ箱あるいは四角い舟ではない。正しくは、Arkとはエネルギー源あるいは動力源という意味である。
紡錘図形の解釈から、宇宙人・UFOの実在とフリーエネルギーの実現、並びに現代文明の根幹である自然科学の限界、そして、世界の混乱の元である3つの宗教がリセットされることが見て取れます。これは非常に重要なことです。
宗教関連は、日本人にあまり関係しないことではありますけれど、フリーエネルギーの実現と異星人の実在、政治・経済・主義主張の混乱は非常に困ります。 人々が縋るお金、地位、名誉、権力全てはリセットされることになります。恐らく、地球上で難を逃れる人は一人も居ないだろうと思います。
もしこれら一連のことが実現するならば、日月神示にある「一厘の仕組み」に匹敵する と考えられます。
日月神示には、「天も地もまぜまぜになる」あるいは、「人民四つん這ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなる」と示されています。 3つの科学の種が揃うのですから、個人的には世界が善くなる方向を示している と信じるのですけれど、これらはどう見ても混乱の極致です。先日記したとおり猛悪の祟り神である「艮の金神(うしとらのこんじん)」の顕現 というべきかと思います。
戦争のように人命とインフラの破壊とともに世界を放射能で汚染するのではなく、人命には一切触れることなく全てを破壊します。
ここで、9.の補足です。 9.について、何も知らない人に例えばジェット機を見せたと仮定します。「これはジェットだ」と説明したところ、何も知らない人は「ジェットとは金属で出来た大きな鳥」と理解するでしょう。四角い舟や箱ではなくて、Arkとは、飛行原理や動力源、あるいはエネルギー源だったのです。英語でArkの単語を調べました。Arkはヘブライ語で「箱」を意味するらしいことを確認しましたけれど、当時彼らはヘブル語を話していたようです。その意味では誤りかも知れません。
ここへきて、半年あまりに渡る胸のつかえがとれた思いです。 しかしながら、問題があります。
(1)池田満氏の縄文哲学に於けるタマシヰ(魂)
(2)宇宙哲学によ宇宙の意識(因)とマインド
(3)日月神示による「ス」のミタマ、点(原因)と丸(結果)
の3点が私が考察した
(4)G・アダムスキーが残した紡錘図形の解釈(弧理論の考え方)によるE-M軸平面でのE軸上の実体(原因)とM軸に投影された物体(結果)
と同じだという点です。 (1)(2)(3)は、精神科学について述べています。 私も宇宙哲学(縄文哲学)に基づくテレパシーをなにがしか認めています。 つまり、私自身に当てはまる訳です。
一方で、(4)紡錘図形の解釈(弧理論の考え方)は、純然たる物理現象として扱うものです。かなり前から、紡錘図形と宇宙哲学(因:テレパシー)の類似性には気付いていたのですけれど、自身の精神活動と物理現象と認識している研究対象が同一であると認めたくありませんでした。
ある科学者は3つの科学について、次のように述べています。
(1)肉体あるいは物質の科学で人間の肉体や彼が住んでいる物理空間の自然の必要性と要求を処理する分野だ。この中には、生活・安楽・安全等に必要な物資を際限なく作り出す研究はもとより、物理・化学・天文学等の主要なものがこの分野に入っている。
(2)人間関係や、その関係がよりうまく、生産的に、しかも耐えていけるような方法を処理する社会科学である。この中には社会・政治・精神分析学それに経済学の非物質的な部分などが入っている。
(3)精神科学で、人間と君たちが神といっているすべての自然にあまねく浸透し、制御する偉大なる創造のカと無限の英知との間の関係を処理する分野だ。
宇宙における科学のすべて、真実の探求と理解の追求のすべては、この三つの分野の中に入るんだ。もちろん、この三つの分野の間には明確な分離線は引けない。お互いにラップしているからだが、しかし、それらを支配する基本的な法則は全く同じものなんだ。宇宙において文明が完全にしかも成功して発展するならば、進歩のこの三つの支流に同程度の努力と勤勉さがなされなければならない。しかしながら、まず精神科学と社会科学が出てくる。その二つの基礎がなければ物質科学の発達はありえないんだ。
単極誘導の現象の内に、自然科学の成果である物理学では説明できない現象を実現できるのではないかと研究を続けています。
ブログランキング の応援と広告 のクリックをお願いします。