宇宙 は外のない内であり、総量は保存しない。

宇宙 の半径は約138億光年だと云います。ただ、地球から観測可能な範囲が138億光年という意味でして、人類の知ることが出来る範囲は、光が138億年かかって到達できる距離を半径とする球の内側です。これを 宇宙 の地平線球といいます。『138億年前の過去は「470億光年先」にある?』を参照ください。ただ、参照先の「470億光年先」云々の話は、相対性理論に関連しますので、論外です。

注(相対性理論は、”光速度不変の原理”として時間を光速度に置き換えています。光速度がわかるには、その前に時間がわからねばなりません。時間は運動から作ります。運動する物質は物質的自然の内にあります。詰まるところ相対性理論は、循環になっています。というより、自然科学は循環です。)「相対論物理学者に捧ぐ その4」を参照。

図1 自然科学のモデルは時間を変数とした循環に過ぎない。だから、何も説明し得ない。

 

問題は、観測可能な範囲(138億光年)の向こう側、宇宙の果てはあるのかどうかです。何せ、地球から遠いところほど加速度的に膨張していますから、その向こうはあるかどうか確かめることが出来ません。

 

しかしながら、人の心の仕組みと働きについて、考察すると宇宙には外がないとしか言えないことがわかります。原理的に観測可能な範囲が決まると同時に、心の仕組みと働きによっても、私たちは「外のない内(第1の心)」に生きていることがこれまでの考察によりわかっています。

図1 岡潔、ヲシテ文献との比較

岡潔の名付けた第1の心の特性として、「意識を通し、言葉で言える」というわかり方があります。(数学を含む)言葉は、互いに規定し合うことにより成り立つ、ネットワークであり、循環です。 そもそも人は、物や事をわけることによりわかっている訳ではありません。

心の本質は第2の心にあります。

人の脳を模して作られた人工知能(AI)は、そのプログラムにおいて、式を評価するという機能の大規模な集合でしかなく、そこには、文字の読取りもパターンの認識も指紋の認証知能もありません。同様に、人の脳にもこのような働きはなくて、脳や人工知能にあるのは「情報を記憶する働きと情報を評価して処理する仕組み」だけです。人の物や事がわかるという本質は、第1の心ではなく第2の心にあります

図2 AIは状態を変化させるブラックボックス(評価式の集合)による階層

肝心なこと。第1の心は、外のない内ですから、観測して得た情報、言い換えると言葉で言える状態になれば、それ即ち、外のない内に取り込んだということに過ぎないのです。第1の心でわかる宇宙は、外のない内のままだということです。言い換えると、人類が知り得る宇宙の大きさは、どれだけ観測の範囲が広がろうとも「外のない内」を超えることは決してありません。次は、岡潔の言葉です。第1の心について、【1】2つの心より。

この心のわかり方は意識を通さなければ決してわからない。それから、ここまで来ればもう心理学は知らないんだけど、この心は物質的自然界の全部を覆うている。しかし、それより外へは決して出てない。物質的自然界というのは、自然科学者が研究の対象としている自然です。

 

余談ながら、自然科学が循環であるのは、時間が問題だと云うことではありません。そもそも、言葉を通す第1の心が循環だからです。これには数学も含みます。※1 第1の心では、人は新しい知見を得ることは出来ません。人が新しい知見を得るにどのような仕組みが働いているのかを真剣に考えたのは、ほとんど岡潔だけです。

 

さて、上記の引用記事において、筆者である須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)は次のように述べています。

実質的には宇宙に果てはない、との立場を正直に表明した

管理人も同意見です。例えば、仮に100光年先まで移動できたとします。するとさらに130億光年先を観測できるでしょう。では何故、宇宙に果てはないと感じるのでしょうか。

弧理論の核心は、次です。

心の仕組みと働きを考えるに、空間にその働きはあり得ません。だから、心の仕組みと働きを別の次元軸に求めます。つまり、人の心の仕組みと働きは、別の次元軸上にあり、自然は別の次元軸からの投影による映像だということです。原因のすべては別の次元軸上にあります。

 

写真1 出展:スター・ウォーズEP9 スカイウォーカーの夜明け

アメリカの映画「スターウォーズ」において、登場人物は宇宙狭しと惑星間を移動します。しかし、スクリーンの外には決して出ません。何故なら、彼らすべては映像だからです。

図3

スクリーンの投影点は、スクリーン上にはありません。弧理論において、宇宙の中心は宇宙にはありません。宇宙の中心は、別の次元軸上にあり、それは2つあります。だから、2次元平面の映画と異なり3次元の空間になるのです。

この仮説が本当ならば、空間としての宇宙には次の特性が出ます。

  1. 宇宙は外のない内である。
  2. 観測可能な範囲の総量を求められる。
  3. 観測可能な範囲の総量から、比率を求められる。
  4. 同時に、総量は保存しない。

2.は、半径約138億光年ですし、総量を求められます。3.において、比率を求められます。暗黒物質26.8%。暗黒エネルギー68.3%。普通の物質はわずか4.9%です。

図4 出展:ダークマター(暗黒物質)

そして、宇宙が別の次元軸からの投影による映像ならば、総量は保存しません。どうも、これまでの考察によれば、4.9%しかない通常の物質は、暗黒物質と暗黒エネルギーから出来ているようです。

ところで、宇宙の中心がそのまま空間に表れているのが、暗黒物質と暗黒エネルギーではないかと感じます。例えれば、影絵の光源に似ています。

写真2 影絵と中央の光源(インドネシアのワヤン・クリ)

 

そもそも、管理人が「宇宙には外がない」と感じたのは、研究を始めた2010年のことです。以下の図を見たのが最初です。

図5 G・アダムスキーによる足跡の図(1952年)

研究を始めたのは、2010年です。足跡の輪郭は、「宇宙の外については、一切言及していない。」と感じました。これをうまく伝える言葉を思いつかないでいました。当時、そのように表現する以外にありませんでした。

それが2015年頃、数学者の岡潔を知り、岡潔が引用した山崎弁栄上人の関係資料に「外のない内」という言葉があり、それで、図5が外のない内を示しているとわかったのです。

 

初めて書きますが、どうも、右足の輪郭が暗黒物質に相当していて、左足の輪郭が暗黒エネルギーに相当しているのではないかと感じます。そして、別の次元軸からの投影による映像とするならば、暗黒物質と暗黒エネルギーは、2種類のポテンシャルとして表れている何かであるように思います。

岡潔は、「空間は量的質的にありません。」と述べました。(【5】情の特色)つまり、エーテルはないがポテンシャルはあるということです。管理人は、このような量子場のモデルを作りました。ただ、それが2種類ある状態を思いつきませんし、その分布が何故、アワ(泡)状の構造をなすのか理由がわからない状態です。

恐らく、力の大部分は斥力によるものだと考えます。空間は、極大と極小の領域では運動せざるを得ないのだと考えます。極大と極小の領域では、別の次元軸方向へ湾曲しているせいだと思います。まだ、よくわかりません。


以上、(自然が別の次元軸からの投影による映像である)という仮説が本当ならば、宇宙の仕組みは究極の永久機関です。ですから、初めも終わりもありません。これを利用できるはずと考えます。手立てはまだわかりません。「The manuscript of survival -part 68日本語文」を参照。

 


※1 無限とは、(∞)「限りの無いこと」だけではありません。

  1. 無限とは有限でないこと。
  2. 有限とは無限でないこと。

くらいの意味しかありません。発散と収束も同じで、互いに規定し合うことにより意味をなすのです。数の1も同じです。2進数の例です。

  • 1とは、0でない数。
  • 0とは、1でない数。
  • 岡潔「数は量のかげ」「自然数の1は決してわからない」
  • 管理人「数は質のかげ」「物と事は1つの実体の異なる面」

「空間に電子が1個あり、その位置について、xyz方向それぞれに、-∞から+

∞まで積分すると存在の確率は1である。」という場合の「無限大∞」もやはり外のない内であって、外に出ることは決してありません。ですから、如何なる数学を使った理論も外に出ることは決してありません。

gif1


 

関連として、2017年11月6日の記事『宇宙は「 外のない内 」である』を参照ください。

2017年に岐阜市にある山崎弁栄上人記念館を訪問しています。

写真3 山崎弁栄記念館

2017年11月24日の記事『自然科学のいう「非科学的」とはどういうことか?』を参照ください。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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