現代の 宇宙論 は確率 「量子論×相対論×無数の宇宙=1」

最近、幾つかの動画を観て感じたことです。

現代の宇宙論においては、無数の宇宙(マルチバース)があって我々の宇宙はそのひとつに過ぎないと言います。

動画1 【宇宙は無数に存在する】UCバークレー 物理学者が完全解説/我々は無数にある宇宙の中の1つを生きている/宇宙を泡として考える/米大学の研究者の働き方とは 【EXTREME SCIENCE】

宇宙論の課題は相対論と量子論の統合

宇宙論の全体は確率という考えを基に形成されています。我々の存在確率による数式で表すと次です。

  • 量子論×相対論×無数の宇宙=1

量子論的な物質の存在にかかる確率と相対論的な存在にかかる確率をかけて、我々のいる宇宙の存在にかかる確率が”1”になるためには、宇宙は無数にあると考えます。次は、ひとつの例えです。

  • 10-80×1×1080=1

1080個も宇宙があって、そのうちの一つは、我々がいる宇宙だとのこと。管理人には茶番に思えます。理由は後述します。

 

相対性理論

ニュートン力学を一般化したものです。何度も指摘したように、相対論は循環論法です。

図1 古代インドの宇宙観

  • 時間→光速度(一定)→時間・空間・重力(運動→)
  • 運動→時間

時間を光速度に置き換えて、時間・空間・重力の関係を規定したのが相対性理論です。しかし、光速度がわかるためには、その前に時間がわかっている必要があります。時間は運動から作ります。ところが、運動は空間内の物質によります。

つまり、理論の全体は循環です。その循環の一部である光速度が一定であるとして循環を断ち切りました。つまり、光速度を宇宙全体で、決して変わらないモノサシとして用いたのです。そうして、一定の結論を得たのです。

ただし、これには疑義があります。(七つの科学事件ファイル―科学論争の顛末 1997/2/1 H. コリンズ (著), T. ピンチ (著), Harry Collins (原名), Trevor Pinch (原名), 福岡 伸一 (翻訳))

真空中の光の速さは光源の運動状態にかかわらず30万km/sで変わりません。しかし、これは原理などと言うものではなく、経験的事実だとも言います。ここは謎です。

相対性理論は、確率で言えば「1」です。必ず存在するからです。

 

量子論は確率

  • 物質は元素からなる(元素周期表
  • 元素は、陽子・中性子・電子からなる
  • 陽子・中性子・電子は、クオークとレプトンからなる
  • これら多数の素粒子は、その量を任意の値をとれない
  • 離散的な値をとる(確率)による

小さな領域において、物質粒子でありでもあります。これを波動関数として表しました。波動関数の絶対値の二乗をとると、空間のある位置での粒子の存在する確率が得られます。これが実験事実と合います。

gif1 複数回の観測結果をプロットすると分布が得られる

例で言うと、トンネル効果があります。

 

物理学には物と事の区別がない

相対性理論にも量子論にも問題があります。それぞれを検討します。

1)量子論の問題点

  • サイコロとは何か?

サイコロは、双六などのゲームに使います。サイコロ振って、”1”の目が出る確率は6分の1です。

ヒトがわかるのは、物と事です。物と事は必ずとなります。必ずです。

  • 物=サイコロ
  • 事(出来事)=振る

統計と確率は、サイコロを振った結果です。物(サイコロ)が現在で、事(振る)は結果ですから、過去です。つまり、統計と確率は、であり過去です。

量子論に当てはめて見てみます。

問題は、粒子は波でもあるという実験的事実をどう解釈するかです。

 

ここで、弧理論による物と事の解釈を示します。

  • 電子と電磁波(光子)は、一つの実体の異なる面

図1

一つの例です。

  • 物=電子
  • 事=電磁波(光子)

電子の物としての性質(質量)は消失して、光子に転換したのではなくて、質量は次元を失って観測できなくなったと解釈します。その現れ方が統計・確率に従うということです。

統計や確率は、(運動)であって過去(結果)です。(サイコロ=統計・確率)ではありません。

(素粒子=波&確率的に現れる粒)では、物と事の区別がなされていなくて、イメージできません。

 

2)相対性理論の問題点

冒頭で挙げたように問題は、循環論法である点だけではありません。

  • E=mc

ここにE:エネルギー、m:質量、c:光速度です。

エネルギーには幾つも種類があります。例えば「熱」です。熱は運動ですから、図1に示す事(運動)です。質量は”物”です。光速度は「運動」ですから”事”です。これを数式に置き換えます。

  • 事=物×事

物は事に転換するし逆にもなると解釈できます。これを先ほどのサイコロに置き換えます。

  • 確率=サイコロ/統計

変な数式ですけれど、言いたいことは伝わりますでしょうか。E=mcという数式をサイコロの例に置き換えると「サイコロと統計・確率は互いに転換する」ということを示しています。これは明らかに変です。

 

超大統一理論は完成しない 抽象と言うこと

物理学者は、100年あまり統一理論を求めてきました。しかし、この先に求める理論は存在しません。上に挙げたとおり、それぞれに問題を抱えているからです。

図2 4つの力を統一する理論

現代の宇宙論は、既に抽象です。先ほども示しましたように、物と事は必ずになります。サイコロでもスプーンでも鉛筆でも必ずとしてしか説明できません。

では、彼ら物理学者たちの理論になるは何でしょうか。

  • 脳・紙(論文)・HD・メモリ・クラウドetc
  • 理論

理論とは、情報であり、記憶であり、データです。このいずれもがです。これらの情報、記憶などに対応する物とは、脳であったり、PCのHDであったり、紙であったりの媒体です。あるいはネットワークを経由したクラウドに蓄えられたデータです。

これを抽象と言います。彼らの理論(事)に対応するのは宇宙という現物ではないということです。

 

無限大を2倍しても無限大?

どうも、すべてを確率というで考えている人は、無限大意味をはき違えているようです。

言葉は互いに規定し合う繰り返しです。物がわかり事がわかって言葉に出来ます意味がわかり、そうして価値がわかります。言葉は互いに規定し合って成り立っていますから、言葉の意味は反転しますし、価値も反転します。

そもそも物と事がにならない何かを言葉で言い表すことはできません。言葉は外のない内です。言葉で言い表せるのは、ほんの一部分です。

次は、規定し合って成り立つ言葉の例です。

  • 善は悪の如し、悪は善の如し
  • 右は左の如し、左は右の如し

言葉の意味と価値は、立場や状態によって変わります。つまり、言葉は仕組みの上で「意味が相対的」なのです。

  • 無限は有限でない
  • 有限は無限でない

無限大とは、有限ではないというくらいの意味しかありません。冒頭に挙げた10-80という既にして抽象です

物と事がキチンと区分されていない何かを数、数式で表したところで何の意味も持たせることはできません。単なる無意味な抽象に過ぎません。ほぼ茶番です。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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